伝説なんて、怖くない




  ____ いづれが春蘭秋菊か。


歴史に裏打ちされての風格あるレトロな建造物もあれば、
洗練されてハイソなブランド店が居並ぶ商業地区もあり。
人の賑わいで埋め尽くされているアジアンタウンでは
福を招く深紅のランタンや飾り文字が窓を彩り、
超近代的な施設が勤勉に機能する港湾地区は、
真昼の無機的で殺風景な貌が一転、
夜陰の中で蛍火のような照明に照らし出される姿が何とも幻想的。
風光明媚な山の手へ至る坂を登れば、新緑越しに港への俯瞰が望め、
潮風に乗って遠くへまで届く汽笛の声が ああ港町なのだという実感を呼びもする。

斯様に様々な側面を持つのみならず、
裏社会の深淵には様々な意味での魑魅魍魎が専横跋扈してもいて。
普通一般の市民の皆様には想像さえ及ばない
もはや“伝説級”の百鬼千魔が闊歩していると囁かれており。

 それがため
 魔都とさえ呼ばれているのが、此処 ヨコハマ。

海外資本は企業もマフィアも虎視眈々と日本という市場を狙っており、
そのための重要な拠点ともなろうヨコハマは、
開港の昔にどさくさに紛れてから潜り込んだ古株から、
直近ではあの“龍頭抗争”という混乱期に渡りをつけた半島勢、
新規参入組のパワフルな成金勢まで、
それは様々な存在がそこかしこに身をひそめているといえ。
正当な手続きで礎を築いた顔もあれば、
その笠の下にて あられもない乱行をやらかす困った手合いも数知れず。
既存の反社会組織もないではないが、
現今の世情をひそかに騒がせているのは、意外や新興の小規模な組織だったりし。

 「ただし、自分たちも気づかぬうちに
  とんでもない組織のお先棒を担がされてるって場合があるから
  まったくもって油断がならない。」

例えば、このヨコハマで大麻やドラッグを取り扱おうなんて、
軍警よりおっかないポートマフィアに瞬殺されると

 「判ってやっているなら いっそドMだよね、そんな莫迦。」

飲み屋にせよ性産業にせよ、風俗への斡旋ならまだかわいい、
個人的な性奴隷を欲す下衆な顧客からの要望に応じ、
無垢な少女らを攫って来てでも揃える とんでもない闇市を展開する馬鹿もいて。

 「証拠がなければ自主的に出していただくまで。」

ほんのり蜜をくぐらせたような
甘い栗色がかった、だが、お手入れのいい黒髪なのを。
所謂 天然パーマ、ふわんとしたくせっ毛なのも愛らしいまま、
細っこい肩やら背中やらまで届かせての、降ろしておいでのお姉様。
愁いをおびて麗しい、儚げな美少女がそのまま妙齢の女性へ育ちましたという雰囲気の、
あくまでも それは嫋やかな、楚々とした佇まいでいたものが。
本性へ霞を掛けていた紗のベールを颯爽と脱ぎ払い、
今は何とも強かそうに、しゃんと伸びた背条を弓なりにしなわせ、
緑したたる庭へ向いた大窓の前に立ち、妖冶な笑みを口許へと浮かべておいで。
細い顎を引き、やや俯き加減になったところからの上目遣いは決して甘いそれではなく、
そんな悪戯っぽい見ようをされているのに しっかとした睥睨に感じられるからむしろ恐ろしく。
強靱な威容さえおびたその態度に、

 「……っ。」

交流のある財界の名士の令嬢との先ぶれにすっかりと幻惑させられていた幹部らが、
部下ともども、追い詰めたはずな相手の悠然とした様へ、ぐうの音もでないという顔をする。

 「女ごとき、大したことは出来ぬと高を括っておられたようですね。」

ニコリと頬笑む一番長身な女傑の傍ら、
そちらもなかなかに存在感のある端麗な女性が 細い肩をそびやかして立っており。
柔らかそうな赤毛の少し長めの毛先を一房、細いうなじに巻きつけるよに添わせ、
小柄ながらも女性としては十分すぎる程に蠱惑的なバランスの肢体を
上質な濃色の生地で仕立てられた衣紋で包んでいて。
ウエストカットのボレロ丈のジャケットにセミタイトスカート、
所謂、上下のアンサンブルという、
随分とシックなデザインのツーピーススーツ姿ではあったが。
そのような大人びたいで立ちであっても、
その瑞々しさが隠し切れてはいないほどに若々しい。
鮮烈な印象を醸しているのは、鋭角な双眸がたたえる威容のせいもあろう。
令嬢の身の回りを管理する執事のようなものですとの紹介を鵜呑みにして、
やはり楚々とした態度に惑わされていたようなもの。
夜会も開かれる広間の床には二十人以上の黒服が既に昏倒しており、
一斉に掴みかかったはずのその全てを
ほぼ一薙ぎという流れで 失速もせぬまま舞うように
手刀に膝蹴り、回し蹴り、スピンしつつの肘打ちに、顎への掌底かち上げなどなど、
どれも見事な攻勢の数々で余さず跳ね飛ばしたのは、間違いなく彼女であったりし。

 「く…っ。」

実際、男らにちやほやされるだけの、
実務では用をこなせぬただのお飾りだろうと勝手に決めつけた上で、
行儀見習いに参りましたという先触れをそのまま信じ、
見目好く愛想も良かった彼女らに鼻の下を伸ばしていたのは事実でもあり。
そんな男どもが唐突に冷水をかぶらされたような心持ちで、
形勢逆転どころか、自分たちの専横がそれは容易く掴まれている現状に苦々しい顔になる。

 “だが、”

まだ それは秘していたことが暴かれたにすぎない。
真実を知った彼女らが、表まで逃げ延びて声高に叫ばない限り、
まだまだ我が身は安泰なのだと気を取り直し、

 「偉そうな口を叩くものじゃあない。
  女だてらにスパイごっこもいいが、此処から無事に逃げ出せると思っているのかい?」

鷹揚な態度を崩さず、そんな言いようを持ちかける若頭格の男との交渉の傍ら、
息をひそめて身を潜ませていたカーテンの束の陰、
彼女らの背後からという接近を試みた手合いがあったものの、

 「…っ、ぎゃあっ。」

姑息にも死角から掴みかからんとしかけた不遜な男の腕を、
指抜きグローブをした白い手が捕まえてひねり上げており。
ひょいと軽やかな所作に見え、その実は逃れられない剛力で手首を捉え、
ぐいと吊り上げ、細い背でちょんと腰辺りをついたそのまま、
えいやと宙に 自身の倍はあろうかという相手の身ごと大きく振り投げ、
ぶん投げる格好で放り出しての成敗をしおおせたのもまた、
それはあどけない風貌の少女だ。
地毛なら日本人には珍しかろう、白に近い銀髪を肩先で揃えた愛らしい少女で、
肌も白いし双眸がまた、紫と琥珀が入り混じったという、宝石のような不思議な色合い。
いかにも闊達そうな健やかな肢体をしている一番年少さんの小間使い嬢だったが、
無邪気なようで胸乳の発達振りがなかなかよろしいこと、
ひそかに男どもの下衆な話のタネになっていたのも今や夢か幻で。

 「痛い想いはしたくはないでしょう?
  まあどうせ、この後、
  精神的な痛い想いをさんざしてもらうことになりましょうけれど。」

その筋から一斉摘発されるに足る、色んな証拠を拾い集めさせていただきましたしねぇ。
そう、私どもは内部告発者となる予定ですの。
女子供には判るまいと決めつけて、
無理から攫って来た女性や子供らを商品扱いした帳簿とか、
逃げられないようにと脅す材料にした動画の数々とか。
そちらも商いにしていたのでしょうが、
女性らが逃げ出さないよう、意識混濁するまで薬を使ってたなんて実情や。

 「厳重に隠匿していなかったのはそちらさんの落ち度でしょう?」

三人が揃って親指立てて見せつつ、それぞれの手に握っていたのが、
スティックタイプのフラッシュメモリ。

「手前らっ。」

突発的に頭に来たらしい若いのが、匕首構えて突っ込んできたが、
そんな鉄砲玉もまた数歩と進まぬうち、どたりと床へ倒れ伏す。

 ふわり、と

頭上から音もなく降ってきた人影があり、
漆黒の衣紋をまとうその人物は、居合わせた黒服の面々にはお初の存在。
こちらは深みのある真っ直ぐの黒髪を腰まで垂らしておいでで、
白いお顔に座った切れ長の双眸といい、堅い意志に引き締まった口許といい、
どこかシャープな印象がして何とも清冽な雰囲気のする娘さん。
寡黙な無表情であるところが相俟って、華奢ではかなげ、天女のような風貌でありながら、

 「な、誰だよ手前…。」
 「……。」

この場の空気を忘れたか、不用意に歩を進めかかったクチが、
その足元から突然立ち上がった“影”に襲い掛かられ、
あっという間に黒布にぐるぐる巻きにされている。

 「まさか、異能力者か?」

無言のままに黒獣を操るシニカルドール。
彼女だけは今の今初めて姿を現したのであり、
影ながら主人を守っていた、さながら必殺の陶貌人形であったようだが、

「おっと。」

部屋の一角、さして風格もなさげな額へ向かいかかった手合いに気づいたそのまま、
どこに隠し持っていたかどうやって取り出したのかも見せずして、
品の良い所作しか知らぬよな令嬢の白い手が、いかつい拳銃を手にしていて、
一縷の迷いもなく引き金を引いたのも恐ろしい。
其奴の足元の少し先にて、うっすら煙を上げつつ絨毯に食い込んだ銃弾を放っている隙の無さといい、
ただ単に守られていただけの存在ではないと知ろしめすには十分な手際であり。

 「今後 勝手な行動とったら、
  言い訳厳禁で2発殴って5発撃つから、ごめんあそばせ。」

冷たく言い放つその迫力も
とても二十代になるかならぬかという女性が醸すものとは思われぬ重きそれ。
鎖骨を含むデコルテや首元、華奢な腕などへ痛々しくも包帯を覗かせていたのは、
そうまで凄腕なのを隠すカモフラージュだったのかと。
このまま突入してきた軍警により一斉検挙されるに至ったのちに、
まんまと謀られたと毒づいてた輩どもだったが、

 「いやあ、あれは無かった方がむしろ同情誘えたかもしれない。」
 「ちょっと痛々しいですものね。」

何処まで知っててのお言いようか、
いかにもな爪でのみみず脹れとか、毒々しいカサブタが幾重にもとか、なんて。
仲間内の少女らの交わす意味深だったお喋りに、
居合わせてた軍警側の婦警らが、ちょっとぞっとしたおまけつきだったとか。

 「キミらねぇ。何を不穏なこと言ってるかな?」
 「だって太宰さん、この時期って包帯が蒸れるとか言って掻きむしるじゃないですか。」

 手の届く範囲の腕とか肩とか首周りとか、
 夏場の女性の薄着に付きものな部位のデコルテまで。

 「やっぱりか。」
 「はい。寝てる間にカサブタ剥いだりもしているんで、
  それと知らない人には出来たばかりな凄惨な傷跡でしかありませんて。」

なので、蒸し暑くとも包帯を取れない悪循環…。

 *半分くらいは実話です。
  歳取ると傷の治りも遅いから、いつまでも塞がらなくってねぇ。




to be continued.(18.06.15.〜)




NEXT


 *なんか微妙に好評みたいなので、
  例のお嬢様たちで一話書いてみることにしましたよ。
  ただのドタバタ、本筋とはあんまり重なってないような、同じなところもあるような。
  ご都合主義、ご勘弁という代物になりそうです。
  それでいいよという方は続きをお待ちくださいませvv